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けたろうさんのことがそれとなくわかるところ
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昨日から続く感じの話。

参考のためにゲームを遊ぶとか、参考のために物語に触れる、という種類の行動はとってはいけないんじゃないかというジレンマは常にある。

見聞きしたばかりのものは鮮明に影響しがちだから、そうして盛り込まれた要素は折り合わずに拒絶反応を示してしまう場合も出てくるだろう。
たとえば観たばかりの今ひとつだった映画について、「どこをどうすればもっとよくなったのか」みたいなことを考えるのはよく行うことだけれど、それはあくまでも実験的な試みであって、そっくりそのまま何かに転用したりといったことはしないものだ。
なぜなら、今ひとつの映画にだって製作者の血は流れてしまっていて、それをそのまま使うなんてことは、善悪の意味で良い悪いよりも、気持ちの意味で気持ち悪かったりするものだから。
同人誌で原作のあるものを「自分ならこうする」と改変したり、気に入りの楽曲をアレンジしたり、といった営みはちょこちょこ見られることだけど、最低でも、馴染ませる努力が必要になってくる。
自分にとって必要な要素だけ取り出して、換骨奪胎。

インプット・吸収・アウトプットの流れが大事だと言う人がいる。
しかし、インプットの仕方自体にだって善し悪しはあるものだ。
・吸収以降の工程を見据えたインプット
・それ以降を一切度外視したインプット
後者は完全な受身なので問題ないとして、僕が気にしているのは、実はその後の考察を省略するために「参考にする」という態度の人を見かけることである。
そんなわけで「参考にしようという発想のなんと卑しいことか」などと思えてくる。
のっぴきならない悪を宿した便利な言葉だなあ、と思うのだ。

○GD作業状況
98.6KB。以前の構成よりも美しく収束しそうな気配の終盤になってきたような。

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