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けたろうさんのことがそれとなくわかるところ
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かつてない空白の時間!
しかし以下は真面目な話。


「この人には敵わないなあ」
「あの人すげーなあ」
そう思う人はたくさんいる。
直接の知人であるかどうかは関係なく。
しかし、実際のところそう思う僕の胸中には、もう一つ別の感想が同時多発するのである。
「この人には敵わないなあ(今んとこ)」
「あの人すげーなあ(ちくしょう)」
その人らは何かのプロフェッショナルであったり、自律に長けた大人であったりするけれど、僕はその人たちに負けたくないのである。
好敵手でありたいと思っている。
彼らには最大の敬意を払う。
思い切り払うが、センスの良さやチャンスのキャッチ力を武器に先を進む同年代がいたとして、経験豊富な熟達の先輩がいたとして、僕がその人らに遅れをとっていい理由にはならない。
畑が違っても同じことで、類稀な歌唱力を持つボーカリストがいたとして、魅力的な絵を描く人がいたとして、僕がその人より下手だったり魅力的でなくていい理由にはならない。
親父のが稼いでいたって、僕の収入が彼を下回っていい理由にはならないのだ。

これは実際問題として敵うかどうかの問題ではない。
敵わない可能性を感じながらも、闘いを避けてはいけないと思うのだ。

僕がここ数年で最も強く意識してきたことは、言葉にすること、である。
さらに言えば、口にできるほど明瞭な言葉を手に入れること、である。
「言われなくてもわかっている」
これが性質が悪い。
そう言い放つ時、たいていは口にできるほど明確にわかっているわけではないからだ。
そんなあやふやなことでは、辻斬り的にカルチャーショックに遭遇した際にあっさり殺されてしまうだろうし、よしんばつばぜり合いに持ち込めたとして競り負けるだろう。
自分はこんな奴なんだよ、とか、自分は今こんなことを考えているよ、とか。
それを明言できない人間なんかが作家性を持った作家だとかアーティストだとかになれるわけがない。
明言をすっとばして体現にいってしまう人もたくさんいるだろうが、言葉の専門家たる作家に関しては、避けては通れない闘いだろうさ。


っていうことをもやもや思いながら、ゲームを作って、ゲームを遊ぶ日々。
ゲームを遊ぶといえば、魔法(Magi:the Gatheringのこと)熱がだいぶ上がってきていて、手持ちで仮想敵代わりも含めて3デッキほど組んでみた。
魔力の高まり。時勢を無視して次はトリコロールを作る予定。
アサシンクリード2をちょびっとずつちょびっとずつ進める。
1は、大好きだったけど、つまんなかったので、だいぶ改善されていてとてもよろしい。
僕は高いところに上るだけで「楽しい」し、ターゲットを尾行するだけで「楽しい」ので、やっぱり好きなシリーズ。
まあでも、1のアルタイルのが主人公としては好きかな。


○GCS手記
60.0KB。
おや、減ったぞ。

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