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けたろうさんのことがそれとなくわかるところ
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 東日本大震災から26日。現時点でのけたろう的地震を通して思ったことまとめ。
書き散らしまとめ。


○耐震見本市
被害の全容など知らない。思い出の品が壊れて悲しんでいる人もいるだろうし、倒れたモノや割れたモノでケガをした人もいるだろう。土砂に埋もれて死んでしまった人もいるんだろうし、それを助けようとして死んでしまった人もいるかもしれない。断片的に伝わってくる物語と、起きた事象から思い浮かぶ範囲での想像はすれど、それは一向に現実へと追いつかない。津波による被害はその想像の範囲をさらに途方もなく広大にするし、原発の話ともなると、もはやとんとよくわからない。
しかし、観測史上最大級の地震にも関わらず、揺れそのものによる被害はびっくりするほど軽微。被害がなかったわけじゃないけど、それにしたって軽微。地震の多い国とはいえ、日本の耐震基準やそれに合わせる技術水準がいかに高いかという、動かぬ証拠である。耐震において、国民性も含めて、これを超える国は世界中探しても一国だって存在しないんじゃないか。
まして首都があれだけ揺れても機能麻痺や事故もろくに起きず、あってもものの数日でおおむね復旧してしまう回復力だって備えている。
僕らが生活しているのはそういう環境で、確かに津波やら原発やらは大変な事態だが、その大変な事態を「大変だなー」と言っていられるのは、その環境のおかげであり、過去の被災者が積み重ねてきた経験談やこれまで各人が自身で地震を体感してきた情報の蓄積があったからだ。
ミゾユーの災害のすぐ後に、ノンキにこんな記事を書けちゃうこの国の耐久力は、素直に喜んでいたい。
慎重さをもたらす悲観なら特性として歓迎するけど、身を滅ぼす悲観はヨソでやってくれないか。
この国は耐震見本市としての価値があるんだから。


○TVが、ソーシャルメディアが、みたいな話題を語ること
地震によって、ソーシャルメディアの優れた特性と問題点が浮き彫りになった――
そんな話はそこかしこで「有識者」の皆さんが展開していて、「なるほどなー」という感じなので気になる人は読んでみればいい。さとなおさんとか、とってもわかりやすい。

僕は若造なので、安全圏にいた若造たちに話をしたい。
例えばツイッターを眺めていて、既に持っていた知識や、今回新たにかき集めた知識を得意げに披露する「亜有識者」がたくさんいた。それはいつだっているんだけど、「地震」という共通のキーワードにこぞって反応し合う姿が見れた。
だが所詮そこは「亜有識者」。「亜有識者」がすることは次の2つのどちらかだ。敵わないことを知りつつ「有識者」のスキを突こうとするか、「亜有識者」以下の存在(少なくとも当人から見て)に対して知識を披露するかだ。この2つには共通しているところがあって、「安全圏にいる者同士の遊び」の範疇を出ないこと。
生存確認のために、救援依頼のために、そうした用途で活躍したネットワークの威力たるや、すさまじいものがあるだろう。あっただろう。
でも、そのネットワークを最大限に活かせる人たちがしていたことは、そういったつまんないキャッチボールが多かったように感じた。その「つまんないキャッチボール」はデマやウワサをたくさん生んでしまった。彼らはトイレットペーパーを買い占めた人たちを大いに馬鹿にしたけれど、やってることの性質はなんだかほとんど変わらない。有用な情報交換は行なわれるべきだけども。
悲しいなあと思ったのは、ゲーム開発とかウェブ開発とかそれらのエンジニアとか、それに近いことを生業にしていたり、目指していたりする、造詣のある若造が、わりとコレをやっているように感じたこと。もちろんそればかりではない。情報をまとめるプログラムをささっと仕上げたり、情報の交通整理(通学路の旗振り程度の、局所的なものかもしれないけど)に腐心したり、ボランティアをしていた人もたくさんいる。すばらしい。でも、なんだかひけらかしてる奴、多かったなあと。
いろんな人がいるんだし、それでもいいじゃんとも言える。でも、若造はどこかつけ上がっている。そういう風体だ。事実、ネットだパソコンだを使いこなせない奴を馬鹿呼ばわりしたり、代名詞として団塊の世代を挙げてみたりする輩は非常に多い。発言はしないまでも、そういう気分をバックにしている奴はかなりいる。僕もそんな若造の1人だと言っていい。
僕ら若造が「想像力が欠如している」みたいな言われ方をされちゃいがちな要因が、その辺にあるんだと思うんだよなー。「事実を尊ぶ」昨今の論調を薄気味悪く思うことがある。そんなに情報が欲しいか。要らないわけじゃないけど、それがなくたって、案外取るべき行動は、おのずと取っちゃう行動は、そんなに変わらないんじゃねーの? 揺れたら怯えるし、保身のために腹を満たすし、誰かを助けようと思う奴は思うし、ねえ。


○やらない善よりやる偽善
このテの言葉をこの数週間何度も見かけたが、それこそ綺麗事にもほどがあって虫唾が走る。
本質は「偽善」という言葉に対してのアンチテーゼを、しかも捻じ曲がった表現で行っているのに、あたかも真っ直ぐなことかのように言っちゃってさ。言っとくけどな、この場合の「やる偽善」をやる奴は、それを善だと信じこそすれ、偽善かもなんて考えたりしないんだよ。善だという気分に傾いてるから行動すんだよ。それをやる偽善だとか言って綺麗な話かのように勝手に化粧してあげちゃってさ。余計なことしてやんなよ。泥塗ってんのと質的に変わらないっての。
「何もしない自分よりは」なんて、保険かけた物言いすんなよ。ただ「良い」って言えよ。そんな冠かぶせるからイビツになるんだろうが。
肯定的にとらえるいい話でもすると思ったか、この僕が。バーカバーカ!!

で、僕はというと、何もコレといってしてないので、±0です。そしてソレは悪なのです。


しかして、「対抗」するばかりではなんだか無能っぽいので、自ら仕掛ける「特攻」が性に合う男を心がけないと腐りそう。
いや、だったらもう腐ってる。
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