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けたろうさんのことがそれとなくわかるところ
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どういうわけか妹君が3泊も滞在しておる。
そして空気を読まない来訪者たち。

ところで、バスケットボールを買った。
2000円もしない安物のゴムボールではあるのだけど、毎日家の中にいる間はほとんど触って過ごしている。
生活向上。たぶん、すごく無邪気に楽しんでいる。
バスケはなかなかやれる場所がない。
ボールをつく音はなかななかのボリュームだし、動きとして足元は平らでないと辛いので、ゴールだけあってもしかたがない。
学校という場所は貴重だったんだなあと思う。
この感触は必ずや彼らに還元されるだろう。
そう、学園の守護者・Reaperである。

おほほ。
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1ヶ月かー。

最近、「ああ、自分はメインターゲットではなくなってしまったんだなあ」と思うことが何かと多い。
玩具しかり、音楽しかり、ビデオゲームしかり。
音楽チャートを眺めてもさっぱりピンとくる曲が少なくなってしまったし、ゲームも面白くなくなったとは思わないのだけどなかなかヒットしなくなってしまった。
チェック自体はしているので、知らないわけではないから、情熱の減退か上記の理由のどちらかだと思う。
で、ゲームに関しては生業であるので情熱は別に減退していないので、やっぱりターゲットから外れたことが大きいんだろうなと思う。
これがオッサン化なのかと嘆く気持ちもないではないが、でもなー、これは軌道修正するもんじゃないんだよなあ。
だからそのズレを剣にするのが次のステップ。







cubesatoくんの結婚式、箇条書き。

・福岡初降臨。九州は修学旅行以来の10年ぶり。その前は25年前の記憶にさっぱりない家族旅行。お高い牛肉をおいしそうにぱくぱく食べる、かわいい2歳児だったそうな。というわけで3度目。
・飛行機から見下ろしても、空港に着いても、地下鉄に乗っても、ほとんど九州に来たんだなー! というような感慨はなかったのだが、エスカレーターが稼動しているのを見て、ここは西なのだと確信した。
・慣れた東京と比較して、広い。車道なら4車線や3車線が珍しくなく、店内のレイアウトに余裕があり、「ちょっとした広場」がこちらの「ガチの広場」と同等。水平方向だけ拡大した感じ。
・マスクなしで過ごしたが花粉症の症状見られず。現代病というより都市病というより、東京病なのか。
・ラーメン合計4杯。アルコール量そこそこ。
・嫁さんと奴の体格差がなかなか。15センチのヒールで頭一つ分違うということは、35センチくらい違うのかな。
・嫁さん美人さんやんけ。憤怒で祝福。
・結婚した当人たちより、親御さんにばかり感情移入してしまう27歳。「今スピーチしている彼を、あんたたちはしっかり育ててきた! よくやった!」とかとか。
・卑屈さが加速度的。幸福の気にあてられたか。
・初対面の数人がかりで「ケタロリウム」を僕の目の前で検索するなんて、素晴らしい拷問だなと思ったよ!
・彼の友人たちとは楽しく話せた。でも、よく考えてみると僕とばしこうがあの集まりの中でも年下の方だったのは間違いない。

他にも色々思ったけど、一番強い感情はもうコレにつきる。
おめでとう。そして、またいい仕事しよう。



 肉体も精神も、単発的なつながりならけっこう簡単に成立する。
サッカーでもやろうぜなんつって何人か集まったら楽しく汗を流せるもんだし、飲み屋で隣の席にいたおっさんと話し込むのも悪くないし、一夜限りのセックスなんてのも勢いさえつけばできてしまうだろう。
しかしてそれは接触頻度が低ければ少々の摩擦も我慢できるからで、集まった連中でサッカーチームを組もうとしたら考え込むし、おっさんと飲み友達になるのは何かと難しいかもしれないし、合体相手と一生を添い遂げようと思ったら求められる覚悟を前に慎重になるだろう。

いつ頃からだったかな。
長期的に付き合えること、というのを重く重くみるようになった。
飲み会なんかをやっていて「こいつと10年後も飲むことあんのかね」と考えてみたり、女の子を見て「この人を彼女とか結婚相手にってのは考えらんないなー」とか、そういうの。
男女の友情がうんたらとかいうのがしばしば挫かれるのは「長期的に見て」性衝動を抑えがたい局面に遭遇するからだろうし、年齢差のある相手がなかなか友人として見出しにくかったりするのは色々なギャップを感じる瞬間が多いからだし。
そんな中、親は「ああ、この人らは死ぬまで一緒にいてくれんだろうなあ」と疑わないでいる数少ない相手の代表格だ。
僕ら、子供の多くは親の愛情を受けて育つが、そうして育った僕らは愛情を注ぐ相手を見つけそれを育てようとする。
これが連綿と続く限り、僕らはけっこうなんとかなる。
きっとそれでいい。

明日から福岡に、友人の結婚式へ参列するべく行くのだけど、それを前にしてそんなことを思った。
一泊二日でゆっくりはできないけど、旅行気分でゴー。



こういうのを見ると、知らないものがただの1つもない。

http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/3665441.html

僕の前後の世代って、僕の生業であるビデオゲームに物心つく頃から触れている最初の世代だったり、携帯とかネットとかが中学、高校から傍らにあったり、なにかと節目を体感している世代なのだと思うことにしている。
そうやって贔屓目目一杯で前向きに考えてみる。



 東日本大震災から26日。現時点でのけたろう的地震を通して思ったことまとめ。
書き散らしまとめ。


○耐震見本市
被害の全容など知らない。思い出の品が壊れて悲しんでいる人もいるだろうし、倒れたモノや割れたモノでケガをした人もいるだろう。土砂に埋もれて死んでしまった人もいるんだろうし、それを助けようとして死んでしまった人もいるかもしれない。断片的に伝わってくる物語と、起きた事象から思い浮かぶ範囲での想像はすれど、それは一向に現実へと追いつかない。津波による被害はその想像の範囲をさらに途方もなく広大にするし、原発の話ともなると、もはやとんとよくわからない。
しかし、観測史上最大級の地震にも関わらず、揺れそのものによる被害はびっくりするほど軽微。被害がなかったわけじゃないけど、それにしたって軽微。地震の多い国とはいえ、日本の耐震基準やそれに合わせる技術水準がいかに高いかという、動かぬ証拠である。耐震において、国民性も含めて、これを超える国は世界中探しても一国だって存在しないんじゃないか。
まして首都があれだけ揺れても機能麻痺や事故もろくに起きず、あってもものの数日でおおむね復旧してしまう回復力だって備えている。
僕らが生活しているのはそういう環境で、確かに津波やら原発やらは大変な事態だが、その大変な事態を「大変だなー」と言っていられるのは、その環境のおかげであり、過去の被災者が積み重ねてきた経験談やこれまで各人が自身で地震を体感してきた情報の蓄積があったからだ。
ミゾユーの災害のすぐ後に、ノンキにこんな記事を書けちゃうこの国の耐久力は、素直に喜んでいたい。
慎重さをもたらす悲観なら特性として歓迎するけど、身を滅ぼす悲観はヨソでやってくれないか。
この国は耐震見本市としての価値があるんだから。


○TVが、ソーシャルメディアが、みたいな話題を語ること
地震によって、ソーシャルメディアの優れた特性と問題点が浮き彫りになった――
そんな話はそこかしこで「有識者」の皆さんが展開していて、「なるほどなー」という感じなので気になる人は読んでみればいい。さとなおさんとか、とってもわかりやすい。

僕は若造なので、安全圏にいた若造たちに話をしたい。
例えばツイッターを眺めていて、既に持っていた知識や、今回新たにかき集めた知識を得意げに披露する「亜有識者」がたくさんいた。それはいつだっているんだけど、「地震」という共通のキーワードにこぞって反応し合う姿が見れた。
だが所詮そこは「亜有識者」。「亜有識者」がすることは次の2つのどちらかだ。敵わないことを知りつつ「有識者」のスキを突こうとするか、「亜有識者」以下の存在(少なくとも当人から見て)に対して知識を披露するかだ。この2つには共通しているところがあって、「安全圏にいる者同士の遊び」の範疇を出ないこと。
生存確認のために、救援依頼のために、そうした用途で活躍したネットワークの威力たるや、すさまじいものがあるだろう。あっただろう。
でも、そのネットワークを最大限に活かせる人たちがしていたことは、そういったつまんないキャッチボールが多かったように感じた。その「つまんないキャッチボール」はデマやウワサをたくさん生んでしまった。彼らはトイレットペーパーを買い占めた人たちを大いに馬鹿にしたけれど、やってることの性質はなんだかほとんど変わらない。有用な情報交換は行なわれるべきだけども。
悲しいなあと思ったのは、ゲーム開発とかウェブ開発とかそれらのエンジニアとか、それに近いことを生業にしていたり、目指していたりする、造詣のある若造が、わりとコレをやっているように感じたこと。もちろんそればかりではない。情報をまとめるプログラムをささっと仕上げたり、情報の交通整理(通学路の旗振り程度の、局所的なものかもしれないけど)に腐心したり、ボランティアをしていた人もたくさんいる。すばらしい。でも、なんだかひけらかしてる奴、多かったなあと。
いろんな人がいるんだし、それでもいいじゃんとも言える。でも、若造はどこかつけ上がっている。そういう風体だ。事実、ネットだパソコンだを使いこなせない奴を馬鹿呼ばわりしたり、代名詞として団塊の世代を挙げてみたりする輩は非常に多い。発言はしないまでも、そういう気分をバックにしている奴はかなりいる。僕もそんな若造の1人だと言っていい。
僕ら若造が「想像力が欠如している」みたいな言われ方をされちゃいがちな要因が、その辺にあるんだと思うんだよなー。「事実を尊ぶ」昨今の論調を薄気味悪く思うことがある。そんなに情報が欲しいか。要らないわけじゃないけど、それがなくたって、案外取るべき行動は、おのずと取っちゃう行動は、そんなに変わらないんじゃねーの? 揺れたら怯えるし、保身のために腹を満たすし、誰かを助けようと思う奴は思うし、ねえ。


○やらない善よりやる偽善
このテの言葉をこの数週間何度も見かけたが、それこそ綺麗事にもほどがあって虫唾が走る。
本質は「偽善」という言葉に対してのアンチテーゼを、しかも捻じ曲がった表現で行っているのに、あたかも真っ直ぐなことかのように言っちゃってさ。言っとくけどな、この場合の「やる偽善」をやる奴は、それを善だと信じこそすれ、偽善かもなんて考えたりしないんだよ。善だという気分に傾いてるから行動すんだよ。それをやる偽善だとか言って綺麗な話かのように勝手に化粧してあげちゃってさ。余計なことしてやんなよ。泥塗ってんのと質的に変わらないっての。
「何もしない自分よりは」なんて、保険かけた物言いすんなよ。ただ「良い」って言えよ。そんな冠かぶせるからイビツになるんだろうが。
肯定的にとらえるいい話でもすると思ったか、この僕が。バーカバーカ!!

で、僕はというと、何もコレといってしてないので、±0です。そしてソレは悪なのです。


しかして、「対抗」するばかりではなんだか無能っぽいので、自ら仕掛ける「特攻」が性に合う男を心がけないと腐りそう。
いや、だったらもう腐ってる。



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