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けたろうさんのことがそれとなくわかるところ
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「Reaper」という小説を過去にネットで連載していたことのある僕であるが、17歳の時に手をつけ始め18歳で公開を始めたそれは、20歳になったすぐ後くらいに停止してしまった。
理由はいろいろあるが、一番大きいのは「自分が書くつもりでいた『テーマ』が実はあやふやで、かつ途中で変わってきてしまったこと」を自覚したことだった。

と言いつつ、今日の話の主題はそこではない。
その停滞の後、しばらく小説らしきものを書くことはなくゲーム制作に頭を傾けていた(1本だけ、突如姿を消した友人のことを原稿用紙で13枚分の短編として書いたくらい)。
再び小説的なことに手をつけたのは最初の会社に勤めている時で、会社で製作したアドベンチャーゲーム(商品にはなっておらず、プレゼン用だった)だった。
プロットワークからシナリオライティングとスクリプティング、デバッグまで、一ヶ月かけて一人で一本作る、というトレーニングの意味合いも強い取り組みだった。
これが終わった後、上司からもらった評価がとても印象に残っていて、それが主題なのである。
抜粋してみる。(ゲーム的な部分はおいておく)

1.本筋と無関係な所感が多いように思える。
2.一般に読解しにくい表現が多い。それをウリにするとしたら、ハウツーもクセも希薄。
3.ユーザーには認知しきれない部分で小技を駆使しているところがあるような気がする。
そうした陰徳の積み重ねが遊びやすさや読みやすさに活きているのかもしれないが、
見えない仕込みは損な作り方だと思う。投資した分はユーザーに理解させたい。
4.ネタばらしを淡々と処理しているのは、ストイックを通り越してもったいない。
5.ムードを醸し出すために端的なアイテム、ガジェットを散りばめるなど、
ある種の押し出し(下品さ)も必要だと思う。

こんな感じ。
補足しておくと、「『ホラー』で何か作れ」というお題で、ホラーだスリラーだサスペンスだを避けて通ってきている僕に一ヶ月で書けそうに思えたのは、「精神的な不気味さ」を取り上げることで、「『潜在意識を無理矢理表出させてしまうチカラを持った怪物』が周囲に現れた人たちの話」でいくことにした。
結果、書きこなすことができず、自己評は「僕の趣味にはあってるけど完成度は全然」。

で、今あらためて上記の評価を読み返すと、
「か、かわってねえ……!」

以下、言い訳と自己分析と前向きさ。

1.所感多くね
雰囲気作りのつもりだったが、頻度と物量のどちらもが多すぎて大きすぎた。
別の言い方をすると「わきに見えた道に入ってみたら袋小路だった。奥まで行くだけ行ってみて引き返した」という感じで、要するに物語自体は進んでいない状態。
強靭なストーリーラインがあればまだ耐えられるのだろうが、そうでないとよれるだけ。

2.読みにくい or センス磨け
読みやすさに重点を置くのもいいのだが、どちらかといえば目指すべきは後者かと思っている。
伝わらなさは以前よりだいぶ改善したんじゃないかと思っている。

3.小技師
「それが持ち味なんです」という気もするので、なくす方向にかたむけるのではなく、端的なわかりやすさと微に細に入り込むのとを両立して、僕的な理想系を作るべし。
バランスの問題と認識。

4.地味
3とも強く関係するが、やりがちなので留意。

5.下品さ
うんこー。おしっこー。

「欠点がなくなることは魅力がなくなることにも等しい」という趣旨のことを同じ上司は言っていたが、それは別に弱点を強化することを制止するものではなく、強みを伸ばせということでもない。
えてして魅力を感じるというのはそういうものだよ、というだけの話なので、どう鍛えていくかはまた別の話だ。
そこをよく考えよう。


○GCS手記
53.3KB。しょぼしょぼと書き進めるが、進みは悪い。

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近年の僕に最も影響を与えた作品は、それは間違いなく「OVERMAN キングゲイナー」である。

WOWOWという特殊な放送環境だったこともあり、放映当時は存在自体を知らなかったので、僕が出会うのは放映から3年後の2005年のことになる。
ちょうど社会人なりたてで、まだ実家住まいでお金に余裕があったこともあって財布の紐が異様にゆるかった当時の僕は「よーし買っちゃうぞー」とDVDを一気にそろえることにした。
僕が映画にしろアニメにしろ、映像作品のLDやらVHSやらDVDという類のものを購入したのはたぶんこれが初めてだと思う。

正直なところ、大ハマリしたわけではない。
とても魅力的な作品であったとは思う。
でも、「カッコイイロボット」ではないし、「理想のヒーロー」はそこにいなかったし、「愛しのヒロイン」もいるわけでは、僕にとってはなかった。
僕が強烈にひきつけられたのは、製作者たちからするととてつもなく不本意かもしれないけれど、「こんなもん、どうやったら作れるんだろう」という疑問だったのだ。
生活することと、そこから得たあらゆる印象を作品という形に落とし込んでいく作業について、こんな模範的なものはない、と当時の僕は思ったのである。
時期が良かったから、というのが大きいと思う。
ちょうど、そういう時期だったのだろう。

「気づき」をたくわえて練り上げられた気分=センス
作者である以前の一つの人間としての立ち方=スタンス
すべてを一手に引き受けて注ぎ込む指先=スキル

「心技体」と日本で呼ばれる、「3つのS」が肝要なのだと、なんだか思ったのである。
「教えてくれた」はたぶん言い過ぎで、「僕が学習するきっかけになった」パワーある作品だった、ということになるんだろう。
富野御大には頭が下がる。

2日続けて、とても自分用メモ。
でも、何か思うところのきっかけにでもなればうれしい。
以上、コミックス版の最終巻を読んだので。

オーバーマン キングゲイナー 7 (MFコミックス)


○GCS手記
51.8KB。51p。
第3編が長引き過ぎ。1、2編が15Pちょいなのに対して、8割弱と思われる時点で16P。
前半の短編的な書き方とズレがあって道を間違えた感あり。
まあいい、進めよう。

from Office




〈お詫び〉
ワタルは過半数どころか4分の1しか参加していませんでした。
謹んでお詫びせず訂正いたします。


「なんか気の利いたこと書かなきゃなー」
そういう強迫観念じみた気負いをどこかに抱えて、幾星霜ものブログの記事は作られる一方、「今起きたことをありのままに話す」スタイルのものが爆発的に増えているのも知っている。
芸能人やなんかのブログの驚くべき出来事の垂れ流しっぷりは「あんなん仕事じゃなきゃムリムリ」と思わせるに十分なインパクトを持つスタイルなのだが、アレはマネージャーなりの検閲は通っているはずだから、成分無調整とは言えないだろう。僕が直接知っているのは一部の声優さんだが、本人が携帯やノートPCでしたためたものをマネージャーがチェック、という光景は何度か目にした。

最近では(サービスの開始からはだいぶ経ってるけど)Twitterというものの登場により、その垣根がだいぶ取り払われた印象もある。
あのサービス自体は、技術的に先進的とはまったく言えないと思うが(システムの管理は膨大な情報管理のためによくできているんだとは思うけど)、ユーザーに気付かれにくいレベルで生活への密着度を高める工夫が施すことで、既存のサービスとは一線を画す性質を帯びている。
「文字数制限」という単純なルールに「つぶやき」という名を与えたことが、用途をおのずと強いながらも不自由さを感じさせない。
「まったく新しい」というような種類の形容はまったく似合わないけれど、超個人的なサービスの新たな在り方としてはわかりやすい。

そういった潮流の一方で、じゃあ小説だのゲームだのって、なんなんだろうね、と思う。
はっきり言って現時点でのメディアとしての在り方は間逆である。
時間をかけてこそこそとつくり、いよいよ完成間近となって始めてお披露目される。
だからこそ、個人の名前(わかりやすいのはセガの名越さん)を出すことで、特定のゲームタイトルではない部分でのプロモーション(の色を帯びた)活動を兼ねる、といったスタイルがよく見られるようになっているのだと思うし、僕はそれをとても良いことだと感じている。
多少話は逸れるけど、名越さんが「ゲーム業界は議論をしてこなさすぎた。それは我々開発者の怠慢でもある」といった趣旨のことを講演会で発言していたそうなのだが、それは僕が社会人になった頃からずっと感じていたことで、ものすごーく平たく言えば「ユーザーの質が悪い」ということになるのだが(これは開発者とユーザー、どちらがより、という話ではない)、そこは提供する側の努力の怠りに他ならないところも多分にあると思う。
まあとにかく、たまたま彼の言動には非常に共感・共鳴できることが多いため、動向を注目せざるをえない一人なんだけど、そういう部分では「個人的」なものを彼は切り売りしているわけだから、潮流には乗っかっているような気がする。
とはいえゲーム開発にせよ、小説の執筆にせよ、例えば新聞の連載のようにサイクルを早めることこそできるものの、Twitterでつぶやくほどのスピードを出すのはほぼ不可能なので、じゃあその分すごいクオリティのものを発表すればいいかというと、もちろんそれはそれで大事というか前提になってくるんだけど、「そればっかりではないんじゃねえかなあ」とも思うのである。

そういうことを考えていく時、組織の中の一員として動かざるをえないゲーム開発者のプランナーというのは、なんだかはがゆく感じることの多いポジションなのである。
「すごい面白いの作らなきゃなー」

このスピード感、スタンスの差たるや。


○GCS手記
50.4KB。大台に乗った。もう少しのはずなのだが。
イベントが多めだったとはいえ、10月に入って少々気を抜いたのは確か。
もう半分終わろうとしているよ。

>ばしこう先生
ロマサガ2の斧って、意外とパワーがないんだよなあ。
ところで君ってロマサガ2やったことあるんだっけ?

from Office



おさらい。
小僧がマジコンでムキー。

以下、マジコンに対するけたろうさんの意見。

ゲームソフトのコピー機、という機能をどう捉えるかの前に、僕の商品に対するスタンスを述べておくことにする。
商品として消費者の手元に渡った以上、それをどう扱うかはその消費者の自由である。
これは大前提。
例えばゲームディスクなら、フリスビーにしたっていいし、コーヒーの受け皿にしたっていいし、カラス除けにしたって構わない。
もちろんそれは本来想定された用途とは異なるんだけど、そこまでを監督する義理もないので、好きにすればいい。
もう少し本題に寄せて例を挙げなおすと、冒頭部分だけ遊んでやめたっていいし、縛り(特定の操作や仕様を利用しないこと)プレイに興じてもいい。
同じ理屈で、ゲームデータを抽出して改造することも、セーブデータのバックアップを取っておくことも、複数のソフトをまとめて保存しておける(携帯音楽プレイヤーにおけるCDとの関係のように)利便性にあやかることも、別に構いはしないだろう。
自分以外の誰かに対して影響を及ぼした時点で司法が動くのが世の常なので(未成年の飲酒とか、覚醒剤の所持・使用みたいな、迷惑をかける可能性、のレベルで取り締まるものもあるけども)、このレベルはなんら問題ない。
手に入れた物品に対するアプローチを制限する理由はない。
身の危険に及ぶ注意事項は製作者というプロからの言伝だと思って守ってもらいたいと思うが、使い方は各々の思った通りでいいと思うのだ。
ダイヤブロックやレゴで何を作ったって構わないように。

さて、やはり問題となるのは複製及びその譲渡や売買、ということになる。
デジタルは、録画・録音やなんかとも違って、それそのものを保存できるわけで、完璧な複製が可能である。
この点がアプリケーションや音楽、もちろんゲームソフトの違法な流通を可能とする特性だ。
野菜を複製して食卓を彩ることはできないが、データをコピーして記憶媒体を埋めることは可能なのだ。とても容易に。
忘れてはならないのは、デジタル上で行われることは、人間が勝手に意味性を見出しているだけで、例えば新しいソフトがインストールされたからと言ってハードディスクドライブのサイズが物理的に変わるわけではないということ。
要するに、物理的・質量的変化はまったくないのだ(厳密にはあるんだけど、話の都合上)。
これは「紙」に「黒鉛や墨」で文字を記すと「書」となることとほぼ同じと言える。
「デジタルという曖昧なものに頼るから~」というような、浅薄で乱暴な意見を目や耳にしたことが何度かあるが、そういう輩は試しにマイクロソフトをその観点から論破してみるといい。
いかに自分が愚物であるかを知ってこい。
それは容易さに差があるだけで、根本的には同じことなのだから。

アナログのカードゲームやボードゲームなんて、「ルールさえわかれば」ボードやカードは手作りだって構わない。遊べてしまう。
価値があるのはパーマネントではなく、そこに付与された知的財産なのだ。
つまるところ、僕らゲーム製作者は、データに意味を与える職人で、その意味を買ってもらうのである。
売り手と買い手のつながりは、ただその一点のみに絞られるのが最も理想的だと思うのだが、その点をまったく無視されてしまったら、理想にはどうやら近づけない。
そんなのは、さびしいじゃないか。

まあでもね、結局は人情みたいなところに訴えるしかないところが、この問題の解決がとても遠いことを物語ってしまっているよね。


○GCS手記
Gdiに寝返ってました。



GLAYのベスト盤が出た。

THE GREAT VACATION VOL.1~SUPER BEST OF GLAY~【通常盤】 THE GREAT VACATION VOL.1~SUPER BEST OF GLAY~(初回限定盤A)(DVD付) THE GREAT VACATION VOL.1~SUPER BEST OF GLAY~(初回限定盤B)(DVD付)
左から通常版、初回特典A、初回特典B。

またかと言うなかれ。
CD3枚組で全43曲中18曲が既存のアルバムには未収録、ないし新曲。
他のベスト盤とだけ比較しても、曲の重複は7曲しかない。
ちなみに一番古い曲は再録版の「誘惑」。比較的新しめの曲が多い。アルバムで言うと「ONE LOVE」以降。
そういう感じで、お得感のほどは十分。
僕は真ん中のミュージッククリップ付きを購入したので、5000円ほど。

結局僕にとっては、GLAYこそが最も愛するミュージシャンなのだ。
何も音楽そのものに限った評価や判断ではない。
ミュージシャンの価値は、その人のスタンスや姿勢、ビジュアルから何から、すべてをひっくるめてのものだから。
憧れの対象として、(今のところ一方的な)ライバル心を掻き立てられる相手として、最も自然に意識できるのが僕にとっては彼らなのだ。
この真意はかなり噛み砕かないと正しく理解してもらえない気はするが、僕にすれば揺るぎない事実を言葉にしているだけなので、語弊は恐れない。

思えば中学2年の秋頃から聴き始めて、かれこれ12年近い付き合いになるらしい。
この中で「GLAYなんてよー、あまっちょちょろいぜー」みたいに思っていた時期も少しはあったし、関心の一番手ではない時期もたくさんあったけど、一巡してここにきた。

新曲を耳にする度にそのメッセージ性や織り込まれた気分に強く引っ張られる。
時代性とそれに対するスタンスや気分を共有できる何かというのは、それだけでおそろしく貴重だ。
特にここ2、3年はシンクロすらする場面が見られるようになってきた。
僕が彼らに共感しているのではない。
そういうことではなく、たまたま僕が思っていたことを彼らが音楽に乗せていて、呼応した、という感じになることがあるのだ。

(ライブ会場とかはともかく)彼らと顔を合わせたことはないし、言葉を交わしたことだってないけれど、10年以上かけて築き上げてきた関係性に違いはない。
僕の辿ってきた道筋が違っていたら別離があったかもしれないんだから、これは相当にすごいことなのだ。
ましてや、「あの頃のGLAYは良かった」というような所感を抱かせない辺りに彼らの実力や成長と気概を感じるから、きっと10年後だってこのまま付き合い続けているだろう。

そんなわけだから、僕が好いていることを理由にして人に勧めることはしない。
長い時間をかけて作ってきた関係性を説明したって、あんまり意味がないからだ。
まあでも、興味があるなら曲目を見るくらいはしてほしいかなあ、とは思う。
通常版は価格も3900円とやや安めだしね。

○GD作業状況
書いた量だけで言うと、通算で文庫本1冊半分くらいは書いているらしい。
初期の頃に、女子高生の生活を想像しながら試し書きしたものがけっこうな量あるもんで。
改めて見返してみると、今よりも観察に注力していたことが見て取れるので、そのまま使うことは永久にないと思うけど、エッセンスは採取できそうだ。

一つ目標ができた。
人に誇ってもよさそうなものをしっかり作ることができたら、今度は僕が彼らに影響を与える番だ。




「憧れの人」と「競える隣人」は両方必要だ。

そうした人たちとの関係性の中で、距離感の掌握や差の認識を繰り返すことで、自分の立ち位置や振る舞いを見直し、考えることができる。
これが、アイデンティティとやらをうまいこと形成していくのにとても役に立つ。
学生時代に形作ったそれは確かに大事だが、更新を死ぬまで続けることだって必要だ。

「憧れの人」をうまく見出せない人は、伸び悩みを自覚しながらもなんとかやっていこうと奮闘するだろう。
「競える隣人」をうまく作れない人は、ふらつく足に自制を働かせるために労力を費やしてしまうだろう。


一応断っておくと、これらを「先輩」と「同期」に置き換える必要はない。

例えばこういうことである。
僕の現在のパワーが100だとしよう。
僕の10コ上の人がパワー120(のように見える)としたら、10年後の自分としては少なくとも毎年2ずつパワーを蓄えていけば同等で、2なんて数字は目標になんぞならないから毎年5ずつ伸ばす気でいくなら、その人は「目標」たり得ない。
せいぜい、今盗めそうなものを盗んで1でも多くパワーを伸ばす材料にしかならないに違いない。

ある人の現在のパワーが60だからといって、「競える隣人」にならないとは限らない。
伸び率が同じなら、得られる景色の見え方が似てくるからである。
その意味で、「競える隣人」は「同期」である必要はない。


うーん、なんだかとりとめのない話になってきてしまった。
要するに僕には、「コレだ!」という「憧れの人」の姿が今はなく、「競える隣人」の存在もなんだか危うい気がしてきているのである。
これは稼業のゲーム作りで顕著であるが、他の大抵のことでも同様である。
遠いところにそういう対象がいても、それを相手取るのはなかなかに難しい。
だったら、いそうなところに行くか、自分がそれになるかしかない。


多くのすこやかな物語は、ヒーローが、ないしヒーロー予備軍が、ヒーロー像を胸に抱きながらライバルとの競争を繰り返してヒーローになっていくものだから、健全でありたいなら、自分にもそんな神話を適用して行動してみるのがきっと手っ取り早い。

僕はヒーローになりたいのだ。
平たく言やぁ、そういうことなんである。


○GD作業状況
魅力的な先達の存在が将来の彼女たちを輝かせるに違いない、と思い込んで先輩キャラクターをずいぶん前に創出こそしたものの、いい落とし所を見出せていない。
どうすりゃいいかなー。



昨日は第5回テーブルゲームで遊ぶ会。
参加者たちもだいぶ慣れてきており、ほっといても成立するような感じになってきた。
やはりサプライズ的なものを投入したくなってきた。
いつも通りの予定調和はイヤ。

飲み会の後に行ったビールバーは悪くなかった。


○侍戦隊シンケンジャー
・なんだこりゃ! の一言。
・ゴーオンの時もそうだったけど、金銀は他と並んだ時に悪目立ちするから好かんなあ。
・しかし、スシにするならカジキは避けといた方がよかったんじゃ。

○仮面ライダーディケイド
・闇の世界。ちょっと展開のとらえどころのなさが目立つ。
・カードの力が失われた時の正座っぷりが。
・ついにあのトンデモフォームが……!

○フレッシュプリキュア
赤:青:黄:紫=1:1:4:4
・ダンスの練習がスクワットしてるだけに見える。
・制服が3人とも夏服になっているね。
・イースがナケワメーケを強化する時の動画、他と力の入り具合にもーんのすごい差が……
というか、イースの作画だけ他よりクオリティが高くてだな……


○GD作業状況
ここ最近描いていたヒロイン二人のイメージが大体固まった。
というわけで、二人の絵を公開してみる。
AY_FACE5fca8e20.jpg
ちょっとシルエットが似すぎた気がしなくもないが、おおむね気に入っている。
本当は先に小説があって、それから絵を見せるべきだけど、なかなか書き上がらないからなあ。

↓はおまけ。
以前のウェブサイトでやっていたディフォルメアイコン風のらくがき。
まあでも、記号性の確認にはなるから。
AY_MINIWM_MINI

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